福島県立美術館に行ってきました。今回の企画展はフランスの画家、オノレ・ドーミエ(Honoré-Victorin Daumier、1808~1879)の版画展でした。ドーミエはナポレオンによるフランス第一帝政に生まれ、ブルボン家の復古王政下に育ち、七月王政、第二共和政、第二帝政を体験し、第三共和政下で没しました。彼は人生のほとんどの期間、収入を得るために出版物の挿絵用の版画を描き続けました。版画はほとんどが新聞に掲載された風刺画だったので、今回の展覧会もいきおい「新聞の切り抜き展」となっていました。
ドーミエの写真、ナダール撮影、wikipedia より
ドーミエの版画を支えているのは、やはりすぐれた人物描写であると思います。人々の特徴や表情がどれも素晴らしく、40 年程度の間に 5,000 点という制作ペースでよくぞこれほどまでの作品を制作できたものだと感心してしまいます。しかしながら、今回の展示物は美術品を鑑賞する楽しみよりも、同時代のフランス新聞を味わう楽しみ、つまり純粋に風刺を楽しむ気分の方が僕にとっては強い展覧会でした。もともと読む人を楽しませる風刺画であるわけですし、目の前に置いてあったのがキャンバス等ではない、まぎれもなく新聞紙そのものであった点も影響していたのかもしれません。そういうわけでしたから、会場でこらえ切れず噴き出してしまった事も 2 度や 3 度ではありませんでした。
「当世代議士鑑 立法議会 17 ド・サン=プリエスト」 (パンフレットよりスキャン)
たとえばこちら。 代議士の風刺だそうです。確か会場の解説によれば、この風刺画の下の解説文の訳は「郵便改革に着手した彼は、青メガネのかけ方の改革にも着手している」だったかな。この絵の裏側に別の新聞記事がうっすらと映っており、新聞の切り抜きであることがわかります。
「パリに新しく開店したイギリスレストラン(今日の風刺画 86)」(パンフレットよりスキャン)
個人的にこれも好きでした。確か下の文の訳は「なんてお得なお店なんだ!たったの 2 フランと 25 シリングでビール一本にアオウミガメのスープ、ローストビーフとポテトの添え物、そしてもれなく下痢まで付いてくるなんて!」だったかな。右側のテーブルの男性客の、何ともいえない不味そうな表情がたまりません。この解像度ではよくわからないと思いますので、ぜひ会場で御覧下さい。
笑ってばかりいられない風刺もありました。例えばこちら。
「善きブルジョアたち 54」(パンフレットよりスキャン)
確か解説は、「休日に気分転換のため妻をカフェに連れ出したブルジョアジー」だったかと思いますが、 完全に奥さんそっちのけで、普段通りに新聞を読み、自分の世界に没頭してます。こんな光景、現代日本にもよくあるんじゃないでしょうか。
そして極め付けがこちら。
「Un Héros De Juillet」(Le Monde のこちらのページよりコピー )
これはパンフレットに載っていなかったので、インターネットから探し出して掲載させていただきました。タイトル訳はおそらく「七月革命の英雄」。剣を手に持った義足の英雄が、右手に三色旗のあがった七月王政の政庁を見ながら、入水自殺を図ろうとしています。全身の張り紙は「Monte de Piete」と書いてあります。フランス語で質屋の意味だそうで、その証書なのでしょう。首にくくったロープの先には重りがあり、それには「最後の手段」と書かれています。戦争の悲劇、七月王政への失望、生活苦と社会不安を一枚の背姿に巧みに描ききった傑作と思います。
おまけ。ドーミエは主に『シャリヴァリ』という新聞に風刺画を寄稿していましたが、その創刊者は数多くの画家を自分の新聞の風刺画家として抜擢しました。その人物がシャルル・フィリッポンという人で、ドーミエ自身も彼に抜擢されて風刺画家となりました。この像はドーミエが作ったフィリッポンの像だそうです。今回の展覧会でも写真が掲載されていました。この表情大好きです(笑)。像には(ドーミエ以外の人物の手で)人物寸評が彫られているようですが、この像には確か「新聞記者、あるいは歯のない口で笑う奴」と書かれている、と書いてあったかと思います。それがまた見事な寸評。
最後に…ドーミエは「おのれ・ドーミエ」です。「俺の・ドーミエ」じゃないです。間違えてるページを何件か見つけました。
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