教育のガン

家庭教師という職業は、地域の教育を細かく検証できる立場にあります。それなりに裕福な家庭に限定されるものの、ひとりひとりの生徒の家庭に行き、書きとめた板書や、宿題のプリントに接する機会があるからです。中山成彬さんは日教組を教育のガンだとおっしゃっていますが、一家庭教師として、僕がもっとも「教育のガン」だと思うことのひとつを、今日は挙げてみたいと思います。

「整理と研究」とか「整理と対策」、「新研究」といった、中学校三年間で学ぶ内容を一冊の本にまとめた、高校入試対策の教材があります。こういった本の目次には決まって「学習の計画例」が載っています。この計画例に従って学習を進めると、中学三年の 11~12 月ごろまでに、三年間の学習内容が全て学習し終わり、12 月~3 月までは入試対策の演習に取り組めることになります。

多くの学校で夏休み前から、早い学校では 2 年生の秋ごろからこれらの冊子が配布され、宿題として課されるようになります。この段階で、半分近くの子が脱落していきます。三年間の内容を一冊にまとめるわけで、かなり強引に学習内容が詰め込まれた本だからです。脱落した子の取る行動は、もうほとんど答えをまる写しして提出するか、全く手をつけないか、どちらかです。

脱落せずになんとかとどまっている残り半分の子にも、さらなる脅威が襲います。中学校の授業は 3 学期まで続きますから、このペースで学習を進めると 3 年生の 10 月頃に「整理と研究」等の学習内容が授業を追い越してしまうことになります。地元でトップクラスの進学校を受験するような子ならまだしも、そうでない子供には宿題をさせるだけでも精一杯なのに、その上授業の予習をさせるなんて並大抵のことではありません。それに「授業なんてやらなくたって、宿題に出していいんだ」という態度は、教科教育の自己否定にほかならないのではないでしょうか。

ここにきて、クラスの 9 割以上の子は、ろくに宿題を提出しないか、答えをまる写しして提出することになります。それに対して学校の先生は「真面目にやりなさい」とコメントをします。しかし、やれるはずなんてないのです。学校の先生だって、ほとんどの人はそんなことはわかっているはずです。

ではなぜこういう「仕打ち」をするのでしょうか。たしかに、一つの原因に「勉強がわからないことがどういうことか分かっていない先生の存在」というものがあるようです。学校の先生の学歴は、たいていの場合優秀です。ご自身が「できる子」だったため、「できない子」の気持ちを理解できない、しようと努めていても全然足りない、という場合があります。

しかし多くのケースで、どうやらこれには「世間体対策」という一面があるようです。「整理と研究」等に書かれている学習計画例は、一流学校に進学するような子が採用できるきわめて麗しい例で、本当にそのとおりに学習できるのなら、確かにどんな学校でも合格は間違いないような例です。

学校の先生がそういう計画を「この計画例どおりにやれば、成績が上がります。」と言って課しておけば、子供の成績が上がらなかったときに、「整理と研究」等をせっかく宿題として課したにも関わらず、ろくにできていない事を引き合いに出して、家庭や生徒に自己責任論を押し付けることができるのです。このような「仕打ち」がどんどん増殖しているように思います。

こんな不毛なことは本当にやめにしませんか。地域には学力差があります。個人には能力差があります。これを埋めるには、学校教育以外の、地域全体の協力が欠かせません。深夜 3 時過ぎまで起きて、朝 8:00 に起床するような子に、どういう教育をしたって勉強は身につきません。肉料理ばかり食べて、栄養バランスを欠いた子に集中力なんて生まれません。そういう差まで学校教育に埋めろというのでしょうか。そんな理不尽な要求が、最終的に子供に対する「仕打ち」となってあらわれていることに、どうして気付かないのでしょうか。

僕がここに書いているような枝葉末節の出来事なんて、「日教組をぶっ壊す」という大所高所の議論からすれば取るに足らないことだ、とおっしゃるかもしれません。しかし、僕はああいうニュースを見るにつけ、悔しくてたまらない気持ちになります。


コメント

“教育のガン” への4件のフィードバック

  1. 「整理と対策」今もあるのかー。
    オレはばかばかしいと思って全く手をつけなかった記憶がある。

    わかっちゃいるのに他の大切なもの(この場合大切ですらないが)を守るために目をつぶる。
    世の中そこらじゅうにあるけど、腹立たしいよね。

  2. 工藤 慎介のアバター
    工藤 慎介

    あの本自体はいい本で、使いこなせる子にとっては便利な本。そうでなくても、周囲の大人に解説してもらいながら使う分には問題ないし、とりわけ家庭教師の副教材としては良書なんです。
    むかし筑紫哲也さんが「民主主義の世の中の不愉快な現象」としてこういう問題を書いていたのを読んだ気がします。いったんみんなが意固地になっちゃうと、とまらないのよね。

  3. […] 昨秋も『整理と研究』に関する問題について書きましたが、今年もまた多くの中学校で、この本が夏休みの宿題になっています。この本自体は良くできているのですが、問題はその課題 […]

  4. 中三で転校しまして、前の学校で「整理と対策」を買いました。
    転校先で「整理と研究」の販売があり、市によって推薦される本が違うことに
    驚きつつ、買いなおしを考えて調べたところ、こちらのサイトにたどり着きました。
    使われてる教科書も、前と今の学校が違うので、さんざん悩んでましたが
    こちらのブログを読ませていただき、考えがまとまりました。
    ありがとうございます。

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