Finale が開発終了を発表しました。楽譜作成ソフトの中で最も長い歴史を持つソフトウェアとして、今日まで音楽業界に存在し続けたソフトです。日本では特にシェアが大きかったと思いますが、海外ではシェアを縮めていた可能性があります。私が考えるに、Finale が日本で人気を博した理由の一つは、Finale がセマンティックな記述を要求しない点にあったと思います。
ここでいう「セマンティックな記述」とは、楽譜の各要素を論理的かつ文脈に基づいて自動的に配置・整理する仕組みを指します。Finale は非常に自由度が高く、ユーザーが手動で細かい部分まで調整できるため、特定の文脈に依存せずに楽譜を作成することができます。この自由さが、特に日本のユーザーにとって魅力的だったのではないかと思います。つまり、Finale もいわゆる「神エクセル」的な要素を持ち合わせており、それが日本での支持につながったのではないでしょうか。
一方で、Sibelius や Dorico といった他の楽譜作成ソフトウェアは、よりセマンティックなアプローチを採用しています。Sibelius は、楽譜の入力時に文脈や構造に基づいて自動的にレイアウトを調整する機能が強力であり、Finale に比べてセマンティックな記述を重視します。さらに Dorico は、その設計理念に基づき、音楽の意味や文脈を考慮して楽譜を自動的に整理・配置する機能が一層強力です。
とはいえ、「神エクセル」ができるという特性は、現代音楽の作曲において重要な要素であったことも事実です。Finale は、ユーザーが自由に図形や記号を貼り付けて楽譜をカスタマイズできる点で、他の楽譜作成ソフトウェアとは一線を画していました。この自由度により、標準的な記譜法では表現しきれないような特殊な楽譜表現や現代音楽の複雑な要求にも柔軟に対応することができました。特に、独自の図形や記号を駆使して作曲や編曲を行うクリエイターにとって、Finale は強力なツールとなっていました。
一方、Dorico はセマンティックなアプローチを採用し、楽譜全体の整合性や視認性を保つことを重視しています。これにより、標準的な記譜法に基づく楽譜の作成や編集が効率的に行える一方で、Finale ほど自由に図形や記号を挿入してカスタマイズすることが難しい場合もあります。Dorico は整然とした楽譜作成には適していますが、自由度という点では Finale に一歩譲る部分があるかもしれません。
しかしながら、自由な記譜を求めるのであれば、それは本来グラフィック作成ソフトウェアで行うべきことであり、楽譜作成ソフトの領域ではないとも感じます。Finale の画像貼り付け機能を見て「このソフトウェアの本来の役割とは何なのか?」と疑問に思うこともあります。もちろん「お前の理解不足だ」と言われるかもしれませんが、私が考えたいのは、ソフトウェアとは何なのか、という根本的な部分です。Finale は楽譜作成の環境ではなく、あくまで楽譜を作成するソフトウェアだと思うのです。
長年にわたる開発の中で、もはやコードを一から書き直す必要が出てきた箇所が増えてきたのではないかと推測されます。Finale の一部には、32 ビット時代のコードがほぼそのまま残っている可能性があります。Apple Silicon への対応に際しては、MakeMusic がこのコードを再コンパイルするなどして、ネイティブ対応を実現した可能性が高いです。Rosetta を介さずに動作していることを考えると、古いコードを維持しつつ、Apple Silicon 用に最適化するための調整が行われたのでしょう。もしそれらをすべて書き直すとなると、新しいパッケージとしてユーザーに提供する必要があるほど、非常に手間のかかる作業になりますが、ユーザーにとっては直接的な利益が少ないのです。そんな作業に対して、仮に 100 ドル前後のアップデート費用でさえ、ミュージシャンが支払うかと言えば、多くの人はためらうでしょう。ましてや新規パッケージの購入となると、そのハードルはさらに高くなるでしょう。これが開発終了の決断に至った実際の理由だろうと推測しています。
Excel は「神エクセル」が可能である一方で、各種テーブルやパワークエリを使用してセルを効率的に組織化し、データとその表示(出力)を分離する機能も提供しています。Finale にも同様の進化の道があったと思いますし、実際に一部そういった機能も存在していました。例えば、「ライブコピー(Mirror Tool)」がそれにあたります。しかし、この機能は Finale 2012 で廃止されてしまい、Finale は結果として、楽譜データとその出力を明確に分離する方向、つまりセマンティックな記述に対応する方向に進化することができなかったように感じます。
これからは Dorico や Sibelius などに乗り換えなければなりません。現在の MUS ファイルは、いずれ XML 等に変換するツールが登場すると期待しています。また、Dorico が正式な後継ソフトウェアとして選ばれているので、Dorico 側でコンバータを用意してくれることも期待できます。これからも楽譜を書き続けたいと思いますが、新しいソフトウェアの習得にも時間を割かなければならないようです。Finale 開発チームの皆さん、長年にわたる素晴らしいソフトウェアの提供に心から感謝します。私の青春の一部に、ずっと Finale があったことを嬉しく思います。
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